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心の回診

第一三九回

S子さんは、「嫌だワ、おかあさん、野良猫が入り込んだのかしら、こんな所に…」と言いかけて言葉をのんだと言う。そして、恐怖の余り胸が激しく 鳴った。スリッパの底にベタリと貼り付いた物体は、大きさからしても、臭いからしても、犬・猫のものとは違う。間違いなく人間のものだ。振り返ると、居間 の自分の指定席のソファに座った姑は、何事もなかったかのように、お茶をすすっている。

S子さんは感情を抑えて、「おかあさん、お尻洗いましょ?」と、やっと言った。 「なんで?」と、姑は屈託なく言う。「だって、お尻が気持ち悪いでしょう?」「だからなんでさ!?」この時「感情の糸がプツンと切れた」と表現した。腹が 立って「おかあさん」とは呼べず「あんたは居間にうんこをしたの!だからお尻が気持ち悪いでしょ!?」「私がウンコを?居間にだって!?ハハハ…。ヤスオ (息子)に言いつけてやるから!!」新聞やテレビの世界で見る虐待の場面が目にチラついた。腹が立って、虐待ができるのならどんなに楽になれるだろう…と 赤子のように声を上げて泣いたと言う。そして泣きながら、これで漸く自分は楽になれると思ったそうだ。施設に実母を入れる事を「親不孝」と拒み続けてきた 夫に、事実を説明すればいいのだ。
その夜S子さんは、夫に最近の姑の様子、言動、大便の話をした。夫は不機嫌な顔で聞き終わると、妻への長年のねぎらいの言葉も、「こ れからも頼む」の言葉もなく、「オレは長男だ。仕方がないな。施設は金がかゝる」。そばで両親の話し合いを全て聞いていた中学生の息子が叫んだ。「おとう さんはずるいよ。辛い事は全部お母さんに押し付けて!おとうさんは一回でもおばあちゃんのおむつ取り替えた事あるか!!あんなばばあ!!」。S子さんは息 子を胸に抱きしめた。息子が見ていてくれた。これでまた頑張れる…。