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心の回診

第六十四回

 何故だろう、今年のお正月は亡き父、そして釧路の母の事が思い出されてならなかった。「お父さん」「お母さん」と恋しかった。

 昔々元旦の朝、目が覚めると子供達の枕元には真新しい下着と洋服が畳んで用意されていた。
私を先頭に真ん中に弟2人、妹と、4人の子供達は特別のお正月が来た事を肌で感じて嬉しかった。そして普段は食べることができないご馳走が色鮮やかに並んでいる。
軒下に干してあった数の子は幾晩もかけて水で戻されてふっくらと正油の味が染み込んでいた。今のように暖房も、お湯も出ない冷たい台所で母はどうやってあのご馳走の数々を準備したのだろうか。
真っ白い半衿の着物姿の母は眩しい程綺麗だった。

 その母がグループホームにお世話になっている。クリスマスに細やかなプレゼントを贈ったら余程嬉しかったのか施設の介護者にお願いしたのだろう、電話がかかってきて短い会話ができた。
「ありがとう」「ありがとう」と電話機に頭を下げている姿が目に浮かんだ。

 暮れの仕事納めの日の事、私は病棟の患者さんに挨拶をして歩いた。
「お正月が来ますよ」-この一言で患者さんに笑顔が見られる。「年を取るのではなく引いて行きましょうね」一層の笑顔になる。全神経を集中して私が回ってくる順番を待って下さる患者さん・・・皆人恋しいのだ。
言葉の出ないM男さんが、半身を起こそうと息んだ。私の存在が分かって「オーッ!」と声を上げてくれた。
その「オーッ!」に込められた心の叫びに涙が込み上げて来た。明治・大正・昭和、激動の時代を真面目に働き、子供を育て上げ、家庭を守り、そして現在(いま)があるのだ。

 私は何も迷う事はない。この患者さんをしっかり胸に受け止める事が私の仕事。
良い一年は天から降ってくるものではない。
「頑張る!」自分に誓った。
(医療法人中山会新札幌パウロ病院会長)