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心の回診

第五十七回

私が一番好きなのは六月だ。「目に青葉 山ほととぎす 初がつお」。山口素堂の一句は、正しくは「目 には青葉 山郭公 初鰹」であるらしい。”目に青葉”と”目には青葉”。たった一文字の違いではあるが、一文字の違いの重さと深さを感じて、日本語の表現 は実に素晴らしいと思う。

そんな大好きな六月が巡って来たと言うのに、忙しさの中でいつも探し物をしている私がいる。机の上は乱雑で整理仕切れない書類の山だ。探し物は大抵出てきてホッとするが、こんなふうに時間に追われていては書類よりも、もっと大切な物を見失ってはいないかと不安になる。

ある日の事、岩見沢からお母さんのお見舞いに熱心に通ってこられるU田さん が、採りたてのフキとワラビとウドを届けて下さった。忙しい私が楽なようにと、真っ青に茹で下ごしらえをして下さっていた。新鮮な香り高い山の幸は、よど んでいた私の血液まで清めてくれるような気がする。命の尊さと素晴らしさを思った。

一週間の中で、火曜日は午前も午後も会議が続く。大きな声では言えないが、 会議に体が拘束されるより、私は体を動かしている方が性に合っている。一日の会議が終わり、宿題を翌日に持ち越しながら廊下を歩いていたら、山下さん(患 者さん)の息子さんが「会長さん、久しぶり!体こわしていなかったかい!?」。後ろからお母さんが「姿が見えなくて心配したよ」と声をかけて下さった。私 が家族の皆さんの事も心配しなければいけないのに、これではまるで反対ではないか…と、胸が熱くなる。心を忘れかけていた自分を深く反省した。「パウロ病 院に来るとさ、事務所を覗くんだよ。会長はいるかなって」。この一言に萎えていた私のハートに明かりが灯った。今日は優しい言葉のお薬を頂いた。よし、六 月も七月も乗り切って見せるぞ。

(医療法人中山会新札幌パウロ病院会長)