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心の回診

第一四五回

先日、母がお世話になっているホームに行って来ました。ホームは片道小一時間もかゝる遠い所にあります。
母は、随分前に私の名前も忘れてしまいました。「あなたは何処からいらしたのですか?」「お住まいは?」と、敬語を使います。思い出してほしくて「私は修子、修子、お母さんの娘!」と叫んでいました。でも、ある時からやめました。辛い時期がありました。記憶が戻ってほしいと思いました。そのうち、そんな事はどうでもいゝ事と、受容できるようになりました。母が元気でいてくれる。それだけで充分です。お世話になっているホームに、職員さんに感謝して、毎回帰って来ます。母は薄化粧をしてもらい、爪にはピンクのマニキュアもしていました。
母のベッドに並んで腰かけて、お土産に買った、美智子皇后様の出ている週刊誌を見ている時に、突然母が「あなたのお母さんはお元気ですか?」と聞きました。私は一瞬言葉が詰まって「父は早く亡くなりました。母は…とても元気ですよ」と答えました。すると「それはよかった!!」と心(しん)から嬉しそうに、母が可愛い笑顔で私の手を握りました。私は、此処で泣いてはいけないと、涙をこらえました。
そうか…。年を取ると言う事は、こう言うことか…。「オギァ!!」と産声を上げて、皆に祝福されて、時が刻まれて行く。しかしそれは一歩、一歩、死に向かって生きて行く事なのだ。孝行したい時に親はなし。父は早く亡くなったが、母が元気でいてくれる。他に何を望もう…。それだけで充分だ。
まんまる新聞の読者の皆様、皆さんのお母さんは、お元気ですか?「元気です」と答えられる方は幸せです。私も…。父に出来なかった孝行も含めて、母に尽くそうと思っています。孝行したい時には親はなしにならないように。